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部屋と沈黙

本と生活の記録

愛すべきオカンムービー『海よりもまだ深く』

f:id:roomandsilence:20160525220426j:plain:right是枝裕和監督作品
軍手で作ったお人形やレース編みのドアノブカバーを愛すべきオカンアートと呼ぶならば、本作は愛すべきオカンムービーである。カルピスをコップに凍らせて超テキトーなアイスにしたり、インスタントコーヒーの中蓋をはがさずに少しだけ穴をあけてそそいでみたり、なんか風呂が汚かったり、賞味期限がいつなのかよう分からんものを食べさせようとしたり。私の場合はオカンというより、母方の祖母を思い出した。うちの祖母の家にも、通販で買った多機能ラジオみたいな謎の便利グッズがたくさんある。そうやって、「なんなんよ、もー!」とか「なにこれー!」とか言いながら、ふとしたときに思いだして、ほんの少しだけ泣きたくなるような、胸がしめつけられるような気分におそわれるのだ。あれは一体何なんだろう?懐かしさとも少しちがう。もしかしたらそこに、海よりも深い何かがあるのかもしれない。



良多(阿部寛)と淑子(樹木希林)のかけあいに思わず笑ってしまうこともしばしば。日常のとらえ方が本当にうまい。それこそ、クラシックの会での分譲組と賃貸組の席順とか、そこの先生の家にいる訳ありそうな娘さんとか。直接は語られなくても、思い通りにならない人生がいたるところにある。

ままならないままに生きていくしかないときもあるからこその、あのラストだろう。良多はこれからもギャンブルに手を出すだろうし、いくつになっても頼りなさそうだけど、あのときに手放さないと決断したことが、きっと何かを変えていくはずだ。

それはすべて同時に起こる、起こっている、起こった『淵の王』

f:id:roomandsilence:20160522195255j:plain:right舞城王太郎
※当記事は、物語の内容、構成に関しての言及があります。先入観を持って読んでしまうにはもったいない作品だと思いますので、「こいつ勝手なこと言いだしたな」と感じたら、薄目でざらっと読みとばしてください。私は概ねそういうふうに〈先入観〉及び〈ネタばれ〉を回避しています。ちなみに本作は、2016年twitter文学賞国内第1位を受賞しています。

中島さおり、堀江果歩、中村悟堂それぞれが巻き込まれていく怪異を、ある意味霊的な、正体不明の何者かが物語る『淵の王』。読み終わった直後の率直な感想は、「なんかようわからんけど、すっごいおもしろかったな~」。ようわからんままにおもしろがらせるなんて、笑っちゃうくらい素晴らしいと思う。

とはいえ、この「正体不明の何者か」の正体は、読み進めていくうちにわかる。つまり、中島さおりの物語を〈存在しない存在〉の堀江果歩が語り、同様に、堀江果歩を中村悟堂が、中村悟堂を中島さおりが物語る。この字面だけを見ると、転生もしくはループもののように感じられるかもしれないが、ここに時間は関係ない。それはすべて同時に起こる、起こっている、起こったのだ。実体としての彼らと、実体のない語り手としての彼らの行く末のすべてがリンクしていることからも、そう考えられると思う。

具体的には、中島さおりは友だちの伊都を、語り手として悟堂を救う。中村悟堂は「お前しかいない」と思っていた湯川虹色を、語り手として「君しかいない」と思っていた堀江果歩を失う。堀江果歩は存在しないはずのグルニエ(屋根裏部屋)へと消え、語り手としても暗い穴に飲みこまれてしまう。

もしこれが転生であるならば、〈次〉の場において何かしらの足掻きと、それにともなう変化があるはずだ。それがない。彼らには「今、ここ」しかない。

それとも過去も未来もなくて時間の経過は一冊の本みたいに全て書かれて全部一緒に存在してて、何かが開いてるページ、あるいはその何かが読んでる文字、そういうのが今ってこともあるかな?

幽霊(?)が語る幽霊話なんていう冗談みたいな人称設定と、メタフィクション的な構成は、読書好き、物語好きにとってたまらんだろうなと思う。すべてが同時に起こる、起こっている、起こったのならば、必ずしもハッピーエンドとはいえない結末ながら、「今、ここ」しかない彼らの悔しさ怒り喜びは、今を生きるしかない私たちにも通じるし、つまりはウサギちゃん大草原大勝利である!

シェア欲

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NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』の主題歌、宇多田ヒカルの『花束を君に』を聴いていると、「普段からメイクしない君が薄化粧した朝」の「薄」が「ブス」に空耳する。「普段からメイクしない君がブスでしょうがない朝」だ。たしかに、自分比でも朝がいちばんブスでしょうがない。起きぬけのむくんだ顔が、午後に向かって心持ちしゅっとする。十人並が九人並くらいにはなってるんじゃないかと錯覚するのだ。わかる、わかるぞーっ!

朝ドラを欠かさず見ている母に嬉々として報告するも、空耳アワー的には手ぬぐい以前のこじつけレベルだから、悲しいくらい伝わらない。……あぁ、誰かに言いたい。でもtwitterはやってないし、友だちは少ないし、だから、ここに記す。

以上、今日のどうでもいい話です。