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部屋と沈黙

本と生活の記録

賭けるか、賭けないか

f:id:roomandsilence:20161010172804j:plain:rightf:id:roomandsilence:20161010172842j:plain:right『職業としての小説家』が、あっというまに文庫化されている。奥付を見ると、単行本の発行はちょうど一年前。朝日新聞折り込みのGLOBEでも村上春樹の特集をしていたし、今年のノーベル文学賞に合わせているのだろうか?

短篇もエッセイも、どちらかといえば好きな作家なのだが、『1Q84』以降の小説はフォローしていない。いつか、新刊の試し読みに開いたページでばっちり射精していることに笑ってしまって、なんだかもういいような気分になったのだ。射精すんなや、とは言わない。ただ、このあいだ読んだチャールズ・ブコウスキーの『パルプ』の主人公はしっかりうんこしてくれていて、妙に感動してしまった。ほとんどコントのようなやり取りで笑わせてくれる下品な探偵小説なのだが、そのくせ一瞬でセンチメンタルになるし、ラストは詩だ。啓示のようでいて、それが何を示しているのか分からない。清潔そうに取り澄ました射精文学より、よほど信じられると思ったのだ。とはいえ、うんこしろや!ということでもないのが難しい。

それにしても、毎年毎年ノーベル賞を期待されて気の毒に思う。『職業としての小説家』を読んでいると、作家にとっては「書けるか」「書けないか」、「届くか」「届かないか」が重要であることが分かる。そもそも純粋な表現欲求は、そういうところから生まれてくるものなんじゃないか?それに比べれば「とるか」「とらないか」なんて些末なことだろう。

ノーベル文学賞は今月の13日に発表される。私だったら多和田葉子に賭けるなぁ。