部屋と沈黙

本と生活の記録

教育なんてものは

むかし、全然知らない人が全然知らない人のために買ってきたお弁当をもらったことがある。「ひとつ食べる?」と、職場の先輩から差し出されたのは、包装紙に包まれた二折の紙箱だった。

「どうしたんですか、これ」
「事務所の隣に来た人が、食べきれないから持って帰ってって」
「……ん?」
「隣の人、留守だったみたい。で、こんなに食べられないからあげるって、もらって」
「ん?えっ、それ全然知らない人じゃないですか」
「そう(笑)」

念のために言っておくが、知らない人について行ってはいけないし、知らない人からもらったものを食べてはいけない。「どくいり きけん たべたら しぬで」である。
とはいえ、ここで私が下手に拒絶すれば先輩が困ってしまうし、なにより、気軽に「捨てたらどうですか」とは言えないほど、その紙箱は重かった。

「包まれてるから大丈夫じゃない?」と呑気な先輩に「明日出勤してなかったら電話してくださいよ〜」と半分本気で言い、紙箱ひとつを手に家へ帰る。
ラベルには駅前のお寿司屋さんの名前。食べるにしても食べないにしても、まずは様子を確認しよう。不審な穴や、一度開けたような痕跡がないか、慎重に包みを解いていく。短めの割り箸、お手ふき、パックされたガリ。どうしたって美味しそうな稲荷寿司と巻き寿司にしか見えない。そして、一度見てしまったらもう食べるしかない。なにしろお腹が空いているのだ。

有難いことに、このとおり今も生きている。ついでに言うと、ものすごく美味しかった。ただ、念のためにもう一度言っておくが、知らない人について行ってはいけないし……

今週のお題「お弁当」