部屋と沈黙

本と生活の記録

舞台『ドクター・ホフマンのサナトリウム 〜カフカ第4の長編〜 』感想

ほんのちょっとしたささやかなものでも、それを確実に認識すれば、すべてを認識したにひとしい。だからこそ、ひたすら回るこまを追っかけていた。
ーー池内紀編訳『カフカ短篇集』、「こま」より

カフカの4作目の長編小説が見つかった」という、まことしやかな嘘から生まれた『ドクター・ホフマンのサナトリウムカフカ第4の長編〜 』。作・演出はケラリーノ・サンドロヴィッチ。2020年、東京パラリンピック開会式の演出を手掛けるというニュースが記憶に新しい。

2019.12.14 sat. 18:30 -
北九州芸術劇場

カフカの未発表原稿を出版社へ持ち込もうと奮闘するブロッホの〈現代〉、ブロッホの祖母ユーリエが出会う晩年のカフカが生きた〈過去〉、カーヤ・ディアマントを主人公とするカフカ第4の長編『ドクター・ホフマンのサナトリウム』の〈小説世界〉。

物語は、これら3つの世界が入り混じり、互いに影響しあっていく。

魔法が使えるという祖母のユーリエが、孫であるブロッホの幼なじみに対して「(あなたは)本当は居ないのよ」と、優しく美しい声音で諭すように繰り返すのが怖くて仕方なかった。思い返してみれば、幼なじみが殺されたのは〈小説世界〉ではなく、ブロッホとともに迷い込んだ〈過去〉での出来事ではなかったかーー。その言葉はあたかも呪いのごとく、実存を奪っていく。

冒頭で引用した「こま」のように、カフカの作品に登場するモチーフも散りばめられている。たとえば、犯した罪に対する判決文を針で身体に刻み込む処刑機械や、寝返りを打つ橋、ラバンとガザという“双子”。それぞれ、「流刑地にて」、「橋」、「中年のひとり者ブルームフェルト」で読むことができる。“双子”といえば、『城』に登場するKの助手アルトゥールとイェレミーアスも瓜ふたつだ。
数年前に読んだ『審判』は、内容こそ覚えていないものの「無抵抗のまま殴られ続ける」ような話で、とにかく気が滅入った。それに比べて『カフカ短篇集』は読みやすいし、思いのほかおもしろい。個人的には「父の気がかり」や「雑種」が好きだ。途中になっている『城』も読み切ろうと思う。

約3時間半に及ぶ本作。“ステージング”というのか、小野寺修二による振付も圧巻で、舞踏のように美しい。音楽は舞台上での生演奏。音楽隊が芝居にも絡んでいく。

裏返しになった洋服を着ていることに気づかず、果たしてそれに気がついたとしても、もはや為す術はなく、自分の意思とは無関係に身体に馴染んでいるような、滑稽さと恐ろしさ。『ドクター・ホフマンのサナトリウムカフカ第4の長編〜 』は、まるでカフカそのものを体感したかのような舞台だった。

おまけ

“袋とじの中身はおおむねフェイク(嘘)です”とただし書きされたパンフレット。とはいえ、ひとたび袋綴じを開いてしまえば、嘘と本当の境目など曖昧だ。そういうパンフレットの構造ひとつとっても、カフカ的でおもしろい。

カフカ短篇集 (岩波文庫)

カフカ短篇集 (岩波文庫)