部屋と沈黙

本と生活の記録

四角い朝

警告のような電子音に殴られて目を覚ます。閉じられたカーテンの隙間から、四角い朝の枠が差し込まれている。

引き出しを開け、古い水銀体温計を脇に差し込み「10分たったら教えて」と、Siriに話しかける。もはや「可愛い犬を見るための窓」と化しているInstagramを撫でながら、ふと目についたモーニング・ルーティンの動画をタップする。

「美しい朝」しか存在し得ない閉じた世界が光って眩しい。そのままソファに沈み込み、決められた時間が過ぎていくのをただじっと待つ。蒸しタオル、オーガニック、土鍋で炊くご飯、パートナー。

なんだかちょっとだけ仲間外れみたいに思えるよ。

1枚280円のタオルは色褪せて乾き、土鍋は戸棚の奥にあって、おはようの代わりにもならないことを、Siriに話しかけている。私の朝は、あの朝のように上手く映えてはくれないだろう。それでも、美しいものの近くにいたい。美しいものの近くにいてもいい人間でありたい。

「10分」から1秒も遅れることなく10分が通知され、カーテンを開ける。体温計の、銀色に伸びた先を確かめる。平熱。

「県内の感染者数は増加傾向にあるけれど、美術館へ行ってもいいのかな……」

いったい誰に許してもらえばいいのか。繰り返す答えのない問いを振り払ってしまいたい。

「県内初の感染者に中傷相次ぐ」というニュースを見て無性に腹が立ち、悲しい。どうしてそんなことをするのか分からない。生きていれば誰でも感染する可能性があるのに、あげつらって指をさす。中傷する人たちは、生きてることを忘れてんのかな。自分で自分を傷つけてるのとおんなじなのに、なんでそんな、馬鹿みたいに悲しいことをするの。

アンドレイ・タルコフスキーのポラロイド写真集と、かつてのku:nel。市販の粉と炭酸水で作った即席のレモネード。緑色のグラス。“She means too much to me.”タルコフスキーが自身の妻に宛てた言葉。

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美しいものは強いから、美しいものの近くにいたい。美しいものが持つ強さを借りたい。私は弱いから。こんなにも馬鹿みたいに悲しい朝は、特に。