部屋と沈黙

本と生活の記録

私は同時に存在している / はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」に寄せて

はじまりはWindows98だったと思う。私が中学3年生のとき、四角い箱のようなデスクトップ型パソコンがうちにやってきた。当時は固定電話を使ったダイヤルアップ接続で、もちろん一回線しかなかったから、インターネットに接続すれば話中になった。「電話代がかかる」と母に怒られながら、私は詩の投稿サイトに入り浸っていた。

詩、なんていうと高尚だが、ようするに女児のポエムである。あの、甘酸っぱい、女児のポエム!どうやら、そのほとんどを書き捨てていたようで、押し入れの奥の地獄の釜*1を開いても、めぼしいものは見当たらなかった。それはたぶん、私にとって、声を伴わないおしゃべりだったのである。

しいて言えば まだ見ない
どこかで待っている
ぼくが拾ってやらないと 雨で流れていっちゃうでしょう?
すこし疲れた まだ3分の1
靴がないんだけど 飛べるから必要ない
空回りするし 迷うし 寒くて死にそうだけど
あたたかいベッドで ただ うずくまっているのはつまらない
ごめんね
靴がないぼくは きみとは違う方法で
駅前のパン屋さんで待ってる

地獄の釜から取り出した当時にほど近い女児のポエムのうち、いちばんマシだったやつを引用してみた。いずれにせよ地獄である。恥ずかしくて死にそう。今だったら「ぼく」や「きみ」みたいな小っ恥ずかしい人称代名詞は使わないし、「ベッドで」を「眠りに」にする。

あられもなく剥き出しだ。インターネットが私をあらわにする。女児のポエムを投稿していたころも、今も、さして変わらない。自分自身との関連を避けるために開設される裏アカや、自分とは違う自分を演じるインスタグラマーとはすこし違う。私の文章に息づく“彼女”は、私によく似ている。私はインターネットによって、どんどん本当の私に近づいている。私は私を私に結びつけようとしている。

朝の4時すぎ、台風による強風で目が覚め、眠れなくなった私は、布団の上であぐらをかきながらNight Shiftモードに調光されたiPadに目を落とし、5万円がほしいという思いとともに背中を丸め、この文章を書いている。

キーボードを画面上に表示させ、撫でるように打ち込む。スワイプ。ただの光る一枚の板がノートになり、辞書になり、ニュースを伝え、音楽を運ぶ。私は今とインターネットを行き来する。「話中」による分断はない。私は同時に存在している。今とインターネット、その双子として。


おまけ
地獄の釜の奥のほう、おそらく大学生のころに書いたと思しき物語の書き出しのような文章がいくつか出てきたので、ふたつほど引用しておく。

 それはピザとマンションのあいだに挟まれた白い空白だった。

 ステンレス・スチールの郵便受けが九つ並んだ玄関ホールに、男の影が落ちている。男はしばらくその白い封筒に目を止めてから、郵便受けにたまった一週間分のチラシを掴んだ。階段を三階分上がり、奥から数えて二つめが男の部屋である。
 ピザ、マンション、ピザ、ピザ。
 扉を開けて左側に申し訳程度のキッチンと、右側にユニットバスを備えた六畳間は、隣室の女の馬鹿笑い込みで月々4万円弱。男はキッチンに立ち、チラシを検分していく。
 美容院、神様、デリヘル、引越し、ピザ。
 男はそれらをまとめてくずかごへ放り込み、ピザとマンションのあいだから抜き取っておいた封筒を手に取った。宛名も差出人も書かれていない。戸棚からキッチンバサミを取り出し、封を切る。
 それは二つ折りの白い紙だった。ただの、二つ折りの、白い紙。

 隣の女が笑っている。

以上、このあとどんなふうに物語を進めようとしたのか、もう覚えていない。

 ねこちゃんをなでなでする人生。部屋がぐちゃぐちゃになっていく人生。
 このねこちゃんとは長い付き合いで、今ではすっかり路地裏にあるポリバケツが住処みたいな色になってしまった。ぼくのねこちゃんは内容物が飛び出していて、左の目がない。なくなったと気づいたときはかなしくて、かわりに水色と黒の色画用紙で再現してみたんだけど、あまりにも平板で気色が悪かったので、握りつぶしてから捨てた。まあ、目ん玉がなくてもぼくはねこちゃんが大好きだから、とりあえずなでなでする。そしてなでなでしてなでなでしてなでなでして、ねこちゃんはいつか耳と耳のあいだのおでこから順に消滅していくんじゃないかと思う。消滅するのは時間の問題だ。すごくかなしい。
 ぼくはねこちゃんとすごく仲良くしてる。だってねこちゃんはぼくのことちゃんと好きだからね。でもたまに不安になって、好きって思ってるのはぼくの勘違いかも、と思うけど、結局ねこちゃんは何も言わないから、ねこちゃんはぼくのことが好きなんだって決めつけていられる。
 耳が三角なのもかわいい。親指と人差し指でつまんだり引っ張ったりしてみる。じっと見ていると、耳が好きなのか三角が好きなのか分からなくなってくる。
 ぼくのケータイの待受画面はもちろんねこちゃんだ。右目だけでぼくをじっと見上げる。かわいい!会社の人たちに見られたら困ったことになるけれど、このかわいさには逆らえない。スーツの内ポケットに入れて、いつもこっそり眺めている。
 そういえば、ねこちゃんとおんなじ目をした猫を見た。レンタルビデオ店の裏の路地で。明日もう一度行ってみよう。
 ぼくのねこちゃんはすごくかわいい。布でスポンジをくるんと包んだ奇跡だ。

とにかく気持ち悪く、ミスリードさせたいと、自分なりにかなりコントロールしながら書いた覚えがある。読んでくださった方はお気づきかと思うが、ぼくのねこちゃんはぬいぐるみ。うまくいっているかどうかは分からない。

創作めいたものをインターネットに投稿するのは、かつての女児のポエム以来である。なんかもうダサい自分が恥ずかしい。でもまあいいか。今は“今”を書くのが楽しくて、詩や物語を書きたいとは思わないけれど、たまにはいいかもしれない。

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

*1:小、中、高校生のころの日記やメモ書き