部屋と沈黙

本と生活の記録

真ん中のドは絶対 / the band apart(naked)『3』に寄せて

3歳でヤ◯ハの音楽教室へ通い、その後どう紆余曲折したのか、小1くらいから中3まではクラシックピアノを習っていた。練習が大嫌いでまったく上達しなかったものの、それでも私のなかに残ったのが“真ん中のド”だ。

“真ん中のド”は絶対。

ピアノを辞めて20年以上経っても、頭のなかで“真ん中のド”を鳴らすことができる。そろばんを習っていた人が、エアそろばんで暗算するでしょ*1。あんな感じ。

とはいえ、その精度はポンコツそのものである。私のドレミは“ピアノの”ドレミなのだ。だからギターの音程はあんまり聴き取れないし、とくにエレキギターは、音の芯のまわりに“じゃみじゃみ”がくっついている感じがして、それがドレミのどれにあたるのかがよく分からない。歌声もそう。声の芯のまわりに、その人にしか出せない“何か”がくっついている。

ピアノの“ド”と、ギターの“ド”と、歌声の“ド”は、全部違う同じ音。そんな感じがする。

絶対音感の持ち主はサイレンの音さえも音階で表現できるらしいけれど、私にはとても無理だ。距離によって音が変化するし、音の芯のまわりには、やっぱり“何か”がくっついているような気がするから、ピアノの音でいうドレミの枠にうまく当てはめることができない。そもそも、そのピアノの音ですら黒鍵の聴き取りはたまに迷って外すし、和音はもっと苦手で、ひとつ聴き取れたらあとは幅、みたいな、私の音感はずいぶん曖昧なものだ。

ピアノには「ド」と「レ」のあいだに「ドのシャープ」あるいは「レのフラット」がある。でも本当はきっと「ド」と「ドのシャープ」のあいだにも別の音がある。鍵盤がないだけ。名前のついていない音が、もっとずっとあるような気がする。歌や弦楽器のおもしろいところは、そういう“枠がない”ところなんじゃないかと思う。

ピアノは「歌が上手な太鼓」みたいな感じ。私はリズムもメロディも好きだから、リズムも取れてメロディも歌えるピアノが好きだ。ピアノの練習曲は、概ね左手が伴奏(リズム)、右手がメロディ、みたいな曲から始まる。その両方を弾いて、その両方を聴く。もっと先までいけば、インヴェンションとかシンフォニアみたいな2声、3声のメロディも歌えるし、なにより音が好きだ。澄んだ、美しい音。

そんなふうに音ばかり聴いているせいか、歌詞の意味はなかなか入ってこない。バンアパが日本語詞でやり始めたときには賛否両論あったようだけれど、個人的にはどちらでも構わなかった。私の場合、何十回か聴いて、ようやくほんのすこし意味が入ってくる程度だった*2。意味が入りやすい母国語ですらそうなら、英語ではなおさらである。

歌詞の意味を理解するためには、脳の別の部分を立ち上げる必要がある。そこを立ち上げてしまうと、いちばん聴きたいリズムやメロディが後ろに下がって、よく聴こえない。哀しきシングルタスク。「セットリスト覚えられない問題」に似ている。

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the band apart(naked)『3』に収録された新曲「夢太郎」がアジゴシ配信で初めて流れたとき、あの1回で歌詞をばっちり聴き取っている人たちがいて、まじですごいな、と思った。私にはできん。まずベース、それからドラム、ギター2本と歌のメロディを聴いていると、言葉の意味はまったく入ってこない。「荒井さんがなんか歌ってんな」くらいのもん。荒井さんの歌声の、上がったり下がったりを聴いている。バンアパは、リズム体に分類されるベースにもメロディがあったりして、そういうポリフォニックな感じがすごくおもしろいから、余計に意味が入りにくい。

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上書きして消してしまったと思っていた文章が出てきた。ASPARAGUSの配信ライブの感想を書いていたときに脱線した“あれ”だ。あらためて読み返すと、意図せず荒井さんに失礼な感じだな……。おかしい、荒井さんのこと好きなのに。

私はバンアパをこんなふうに聴いている。ほかの人たちはどんな感じなんだろう。

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*1:あれ、かっこいいよね!

*2:たとえば「You never know」に出てくる人物が裸であることに、しばらく気がつかなかった。