好きになればなるほど、ほんの少しだけ会いたくなくなるのはどうしてだろう。
数年前、敬愛する多和田葉子先生の朗読イベントへ行き、持参した『雪の練習生』にサインしていただこうと終演後に伸びた列へ並んだときも、ほんの少しだけ死にそうな気持ちだった。一時的に呼吸が下手くそになり、息も絶え絶えにご挨拶をしたのだが、自分が何を話したんだか、さっぱり覚えていない。ただ舞い上がるほど嬉しく、胸がしめつけられて苦しかったことだけを思い出す。
好きになればなるほど、「嫌われたくない」という自意識が邪魔をして、ほんの少しだけ会いたくなくなる。私にとって多和田先生は神様みたいなものだ。神様に嫌われてしまうなんて、死に等しい。加えて、好きになればなるほど、「好かれたい」という自意識が肥大して、好かれなかっただけで少し傷付く。嫌われてもいないのに、だよ。本当に面倒くさい。
会ってみたい好きな人はたくさんいるけれど、「ちょっと良いな」と思ってるくらいがちょうどいいのかもしれない。
だったら、又吉直樹がちょうどいい。又吉直樹に会ってみたい。『あとは寝るだけの時間』を聴くたびに、ものすごく良い人そうだなぁと思う。なんというか「又吉なら許してくれそう」なのだ。私がどれだけ面倒くさい人間であったとしても「ふーん、そうなんや~」「そういうこともあるんやな~」とか言って、受け入れてくれそう。いきなり相方に渡米されてるのもおもしろいし。
そういえば、以前勤めていた書店にふらりと現れて、そのときにレジを担当したんだった。いくつか買っていただいた本のなかに、ノーベル文学賞を受賞した作家のデビュー作があって、「太宰治、太宰治、言うてるわりには海外文学も読むんやな」、と好感を覚えた。そもそも、文学とか小説を好んで読んでるっていうだけで感じが良いのに、海外文学も読むなんて……
あれ、なんだか書いているうちに「だいぶ良いな」と思ってる。もう会うことができない。
文庫化された又吉直樹の『東京百景』を読みながら、来年は東京へ行けるといいなと思う。延期されたAGフェスのチケットは、払戻しをせずに持っている。
物販かどこかで原さんに会えたら、今度こそ、原さんのベースが好きだと伝えたいけれど、既にもう「だいぶ良いな」と思ってて、かつ、顔がこわいから無理な気がする。今思えば、川崎さんに握手をお願いできたのも、前に並んでいた女の子のおかげだ。あの女の子がいなかったら、面倒な自意識に囚われたまま、無言で通り過ぎていたと思う。
ありがとう、名前も知らない女の子。その女の子に、すごく会いたい。
- 作者:多和田 葉子
- 発売日: 2013/11/28
- メディア: 文庫
- 作者:又吉 直樹
- 発売日: 2020/04/10
- メディア: 文庫
今週のお題「会いたい人」