部屋と沈黙

本と生活の記録

映画『PERFECT DAYS』感想

物語にならない人生なんてない。

映画『PERFECT DAYS』を観た。予告編やポスターには「こんなふうに生きていけたなら」と書かれているけれど、本当はもっと「こんなふうに生きていくしかない」に近い。

こんなふうに生きていくしかない。ここは居心地が良く、さみしく、すべてがあり、そしてすべてがない。映画のラスト、主人公である平山の泣き笑いの表情で分かる。こんなふうに生きるしかない哀しみと、安寧のなかにいる。私は、その世界を知っている。

何かがずれている。世間はまるでサイズの合わない洋服みたいだ。ちくちくするタグや縫い目を避けようと変に身をよじり、落ち着かないでいる。

たとえば私の世界と世間のサイズがぴったり合っていたら。大きすぎず、小さすぎず、存分に腕をふり、足をのばすことができたら。あるいは私にも、別の生きかたがあった?「こんなふうに生きていけたなら」と「こんなふうに生きていくしかない」のあいだで、世間の居心地の悪さを遠巻きに眺めながら、憧れてもいる。

この映画を「金持ちによって美化された貧しさ」と評する人もいるけれど、清貧はモチーフのひとつで、どちらかというと、交わらない世界や、そのどうしようもなさがテーマになっているような気がするな。良い映画だったと思う。古びたカセットテープで聴く音楽も、1冊100円の文庫本も、フィルムカメラも、ままならなさから彼を守る防波堤だ。

劇中歌の金延幸子「青い魚」がものすごく良かったし、フィルムを現像するお店の店主役に翻訳家の柴田元幸先生が出演されていてびっくりした。思わずエンドクレジットを凝視しちゃったよ。