部屋と沈黙

本と生活の記録

あしたのあじ

御冥福をお祈りします、という言葉が嫌いだ。馬鹿かと思う。御冥福?死後の幸せ?なんだよそれ、私にも分かるように説明してくれないか。それって、どういう幸せ?そうやって言うからには、死後の世界を信じてるんだよな?それって、どういう世界なんですか?

死後に世界も幸せも不幸せもあるか。あるのは「無」だよ。何もない。生まれる前の状態に戻るんだよ、生まれる前のことを思い出してみろ。思い出せ。思い出せないだろ、記憶なんてない。ない!「何もない」から「ある」を経て「何もない」に戻っていく。少なくとも私はそう思ってる。

ほんとに、なんで死んでしまうのか。いてほしいと思っちゃだめなのか。私のエゴは彼らにとって酷なのか。かなしい。

同級生が自死したとき、意味が分からなかった。毎年、夏と冬には集まって飲むような間柄だった。たまに面倒くさくなるくらいよく喋るタイプで、私の親にも気軽に話しかけるようなやつだった。

通夜の日、遅れて参列した私は、棺の中の彼の顔を見ることができなかった。こわくて。でも、見なかったことを後悔するかもしれないと近くにいた同級生に「ごめんやけど、やっぱり見る、一緒におってくれん、ごめん」と声をかけ、空席になったパイプ椅子のあいだを抜けて祭壇に近づいた。

棺はなぜかとても小さく感じた。彼は背が高かったのに。「寝ちょるみたいじゃろ」と喪服の袖で涙を拭う同級生の仕草を横目で見ながら「……意味が分からん」と応え、意味が分からなさすぎて涙が出た。今でもよく分かっていない。

彼らは簡単に越えてしまう。ある瞬間にぱっと、越えてしまう。もしかしたら、彼ら自身も越えるつもりなんてなかったのかもしれない。でも、越えてしまう。だからこわい。

自死について、誰も傷つけることなく語る言葉を持たない。だから、今、生きてる人のために書く。私は、気持ちが落ち込みそうになったときは、美味しいものを食べるようにしてるよ。料理本を読むのも良い。

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きょうたべたのもおいしくてあしたになるともっとおいしいのですって。だから半分とっておいた。あしたは、どんなあじかな?
料理:大原照子/絵と文:山脇百合子『おいしい料理のほん』より

明日のためにとっておこう。明日になったら、また明日のためにとっておく。明日、明日、明日。その明日は、どんな味?私はそれを食べてみたい。