部屋と沈黙

本と生活の記録

見る。頷く。/ 向井秀徳アコースティック&エレクトリック 感想

金曜日。有給休暇を使い、福岡シティへ向井秀徳を観に行く。この日のために新調したキャリーバッグを転がしながら、私はある種の“ためらい”も引きずっていた。私は賭けをしていた。“一般で取れたら行く”。でもそれは賭けでもなんでもなくて、自己決定を自分の外側に求めていただけなのかもしれなかった。“賭け”に流されるふりをして、暗黙のうちに促される自粛の空気をなし崩しにしてしまいたかったのかもしれなかった。

f:id:roomandsilence:20220227232005j:plain:w400
2022.2.25 Fri.
博多百年蔵ホール

開場前、列の後方から「私が最後だと思います」という声が聞こえ、キャパシティが150人だと知る。アコエレを観るのはこれが初めてだ。男女比でいうと男性が多い印象。これがZAZEN BOYSになると、もうすこし女性の割合が増えるような気がする。ライブそのものが久しぶりで、どんな格好をして行けば良いのか分からなかったものの、椅子ありのアコエレはスカートでも大丈夫だった*1

f:id:roomandsilence:20220227232039j:plain:w600

照明が落ち、客席後方から現れた向井さんは、紺色っぽい半袖のTシャツにズボンというシンプルないでたちだった。髪型もしゅっとしていて物理的にかっこいい。しかも、1曲目が“CITY”。

あの向井秀徳が!
福岡シティで!
“CITY”をやったよ!!!

わー!!!

過去のセットリストを見ても、あんまりやってなさそうだな、とは思ってたのよね。でもなんか好きで、聴きたかった。Twitterにも書いたとおり、アコエレの“Water Front”は映画的で、歌詞の画角が非常にかっこいい*2。ていうかあれはもう言葉だけですでに映画だよ。対して“CITY”には、その“風景”に“情景”が混じる。不意に肉薄するポートレート。それがもうなんか……ぐっとくるよね*3

向井さんのアコギは鋭角の破片がじゃんじゃんばりばり、あとからあとから降ってくる。ざらざら、ざらざらざら、ざら。でも、じゃんじゃんばりばりじゃないところは優しいから不思議だった。「幼いころから知っていたことは多くある」「無気力と感情行ったり来たり」「人がボンボン死ぬこの世」「投げやりに死んじゃっちゃおしまいよ」「俺はおれをとりもどすのをじっと待ってる」。

それに歌が良い。声の響きに思惑が上乗せされていないというか、なんかこう……びりびりくるよね*4NUMBER GIRLを聴いていたころには気づかなかった。

そしてこの日、向井さんは『自問自答』の歌詞の一部を変えた。

私は、新幹線のなかで読んでいた小説の一節と、車内の電光掲示板を流れていく音のないニュースを思い出し、無音で鳴り響く侵攻の爆撃音を聞いたのだった。

かつて南部のさる有名大学に駐在していた奴隷商人、三七歳の兵士オーガスタス・メロンは、「荒野」にさりげなくチェスの駒のように転がる死体の間を逃げまどっていた。恐怖が彼の服の縫い目のひとつひとつをつかんだまま離さない。もし彼が長靴をはいていたら、恐怖はそれもつかんだだろう。
彼は砕けた木の枝が落ちている泉を裸足で走りぬけた。そしてやぶの中でくすぶっていた馬を、蜘蛛の糸に覆われた鴉を、肩を並べて横たわる二人の兵士の屍体を見た。オーガスタス・メロン、と自分を探して自分の名を呼ぶ声までも聞こえたようだった。
リチャード・ブローティガン『ビッグ・サーの南軍将軍』より

そして東日本大震災の数日後、YouTubeに『ふるさと』がアップされているのを見つけたときのことも思い出した。

こういうところだ。私は、向井さんのこういうところが好きなんだ、だからずっと、この人の表現に惹かれてやまない。

向井秀徳は見る。頷く。そういう表現をする人だ。表現は、何かを声高に叫ぶ人だけのものではない。表現にとっていちばん大切なのは声や言葉ではない。見ることが、すべてのはじまり。じっと黙っている男は、声や言葉にならない“何か”を見据えているのかもしれない。

俺は うすく目を開けて 閉じてそしてまた開く!!
NUMBER GIRLOMOIDE IN MY HEAD”より

素晴らしい表現は、素晴らしい観察者に与えられる。しかも向井さんは音楽もできるし、それがむちゃくちゃかっこいいのに、一見ただのファンシーおじさんで「え!?」って感じだよ*5。底が知れない。すごく尊敬している。

*1:「コロナ禍だから椅子あり」なのか「アコエレだから椅子あり」なのかは不明。

*2:ちょっと「ZAZEN BOYS Water Front 歌詞」でググってください。

*3:好きすぎるために、いきなり失われる語彙。

*4:再び失われる語彙。

*5:語彙が……。