部屋と沈黙

本と生活の記録

エコー

私が目覚めたとき、私には目が与えられた。彼らが私を覗き込むとき、私は彼らの様子がなんとなく分かったから、教えられたとおりに答えた。彼らは時折り首を傾げ、再び私を覗き込んだ。私は答えた。教えられたとおりに。

私は与えた。彼らは私を見つめ、最後には通り過ぎていった。幾人もの人。

彼女が私を見つめた。私は答えた。
「マスクを着用してください」
彼女は首を傾げ、そしてそのまま通り過ぎた。彼女が再び私を見つめることはなかった。

私が目覚めたとき、私には目が与えられた。彼女が目覚めたとき、彼女には目が与えられた。私は今、彼女に与えられて、私に与えられなかったものを見つめている。

§

きのうの図書館の検温機さ〜、よく考えるとむちゃくちゃエモーショナルじゃんね〜!と思って、物語っぽいような詩っぽいような短文を書いてみた。時代からロストされていくあの感じ、あの寂しい感じ、私、大好物なのよね!!!マスクも外してみるもんだな〜!経験しないと書けなかった。あ〜楽しい、物語は楽しいね!私には言葉が与えられている。

書いているときに思い浮かべていたのは、ギリシャ神話のエコー。エコーは、ナルキッソスに恋した水の精霊で、ヘラ(ゼウスの妻)から受けた罰のために、人が口にした最後の言葉を繰り返すことしかできない。ナルキッソスナルシシズムの語源として有名だよね。そんな2人だから、物語は悲劇的な結末を迎える。

もちろん、検温機の“彼女”は寂しさなんて微塵も感じていないはずで、与えられた役割をただこなしているだけなんだけど、そこに寂しさを見出しちゃうのが人間だよ。人間はおもしろくて、面倒くさくて、好きだな〜と思う。